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盲導犬を見かけたら

2009年2月23日

 ぎゅっと瞼(まぶた)を閉じてみる。数秒のことなのに、周囲の人々が行き交う気配に不安が湧(わ)き立つ。再び目を開くと、都心に雪が降った翌日の灰色の空を、鳥の編隊が横切っていた。ありふれた光景が、今の私には愛(いと)おしい。

 光のない世界。それがどのようなものか想像したことはあるだろうか。その中で生きることを受け入れるだけで相当の葛藤(かっとう)だろうし、日常生活を送れるようになるための試練は並大抵ではないはず。さらに社会復帰し、単独で旅に出るまでとなればなおさらだ。櫻井洋子さんが失明の宣告を受けてからの道のりは決して平たんではなかった。しかし彼女の清廉とした横顔は、それらを微塵(みじん)も感じさせない。

 盲導犬ユーザー(使用者)になろうと決めるまでは「犬に連れられて歩くなんて」と思っていた。でも訓練を開始して知ったのは、あくまで指示を出すのはユーザーであり、盲導犬は障害物など危険を避けて安全な歩行を誘導するということだ。だから彼女の頭には、その日の目的地の地図とルートがしっかり入っている。盲導犬を迎えて、櫻井さんは本来の歩きを取り戻した。季節の移ろいを感じる外出が楽しみになり、社会に出る勇気も得た。

 ユーザーと盲導犬は一心同体であり、いかなる公共施設も交通機関も利用を拒否できないことは身体障害者補助犬法にある通りだが、いまだに浸透しておらず断られることがある。そんなとき彼女は、自分が拒否されたような寂しさを味わう。また、路上で往生して「すみません」と声に出しても、携帯電話で話し中だったりイヤホンで音楽を聴いている人には届かない。

 盲導犬を見かけたら、犬でなくユーザーを見てほしい。困っている様子なら、話しかけてほしい。盲導犬に声をかける、触る、食べ物を与える、それから目を見つめることは仕事中の犬の注意力を削(そ)いでユーザーに危険が及ぶ可能性があると覚えておこう。

 舞い散る花びらが頬(ほお)にかかれば、見ることが叶(かな)わない彼女も桜を感じられる。そう考えて桜の樹(き)の下へ連れてきてくれたお父様が亡くなった年に、大切な役割を引き継ぐように盲導犬アンソニーがやって来た。奇(く)しくも今日は、お父様の7回目の命日にあたる。(作家)
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