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[しっぽの気持ち] 目の前のひとつなら…=渡辺眞子

 小学生の頃、学校からの帰り道で一頭の犬がついてきたことがある。迷子なのか捨てられたのかわからないが、とにかく心細いのだろう、いつまでもあとを追ってくる。当時、家には犬ぎらいの犬がいるので連れ帰ることはできないと、子どもなりに考えたのだろう。困りながら近所を歩き回った末に疲れはて、公園のブランコに座りこむと、犬はわたしと向かい合わせにお座りをした。

 犬を振り切って駆け出したとき、気持ち悪くなるほどの罪悪感に襲われた。帰宅してからも胸のざわつきが止(や)まず、気になって仕方なくなり、外に飛び出した。ほうぼう探したのだが、どこにもいない。あたりが暗くなり、夕暮れ時の淋(さび)しさと相まって、道の真ん中でおいおい泣いた日の情景を鮮明に覚えている。

 あれから何十年も経(た)った今、自治体の動物収容施設の情報サイトを見ていると、よく似た雑種の中型犬を見かける。その度に、思い出す。真っすぐわたしに向けられた犬の眼差(まなざ)し。そこに映っている不安。助けの手を差し伸べないばかりか逃げ出した自分。その場の空気がよみがえって、たまらなくなる。

 ペットと暮らす人の多くは、犬や猫たちを「家族」と呼ぶ。家族の一員としての一生を送る幸福なペットがいる一方で、捨てられたり、迷子になったのに真剣に探してもらえなかったり、必要最低限の世話さえ受けられなかったり、故意に傷つけられたりするものたちがいる。それでも彼らは恨むことすら知らないまま、ただ淋しい目をして消えてゆくのだ。

 動物たちの問題に関する取材をした先々で数多くの犬たち猫たちに会い、「何十万頭の殺処分」と書いてきた。でもそれは何十万という数字のかたまりでなく、それぞれ一頭一頭の、個性に満ちた、人が大好きな、愛すべき生き物たちだった。何十万は途方に暮れるが、目の前に居るひとつの命ならば救えるはず。

 秋風が吹き、犬との散歩の距離が延びる季節になった。人と犬のカップルが街を行く姿を見かけるたび、その幸せがずっと続くようにと心の中で唱える。そして、そんなささやかな日常を得られなかったものたちを思って空を仰ぐ。(作家)

毎日新聞 2012年10月16日

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