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人と犬の間の深い絆

2010年3月30日

 彼女が通い始めたゴルフ練習場に、一頭の看板犬がいた。おとなしいシェルティーは、もともと練習場オーナーの娘が自宅で飼っていたのだという。しかし大抵の子どもが「自分が世話をするから」と親に約束してねだり、大抵の親が「情操教育に良いと思って」とペットを買い与えた結末と同じように、しばらくすると犬は家族から顧みられない身となり、昼も夜も練習場につながれていたのだった。

 雨風をしのぐ家があり、食餌(しょくじ)と水は与えられ、たまに犬好きの客から頭をなでられる。それは自治体のセンターに捨てられる犬たちに比べれば、ずっと恵まれた境遇だ。命を取り上げられる心配もない。でも感情を持つ生き物が、ある日を境にして「家族」として扱われなくなった心の哀(かな)しみは、どれほど深いだろう。

 彼女は練習に通うたび犬用のおやつを持参し、時間が許せば散歩をした。安物のペットフードの大袋が置かれているのが気に入らず、高品質の品を探して届けた。クリスマスにはふかふかのベッドをプレゼントし、必要と思えば動物病院に連れて行くようになった。それが続くうち、犬が独りで夜を過ごすのが不憫(ふびん)でならなくなる。オーナーと話し合い、夜の間だけ預かることに決めた。毎晩、仕事を終えると迎えに行き、朝にはまた送り届けるという生活がスタート。その習慣は犬が高齢で亡くなるまで10年間も続いた。

 大変だとか、面倒だとか、何度も思ったと彼女は言う。「ごめんね」と心の中で謝って、連れ帰るのをやめようと決めたときもあったらしい。でも結局、そんなことはできなかった。

 「だって、あの一心な瞳を見るとね。見捨てるなんてできない」

 彼女はその犬の遺骨を分けてもらい、数年後に他界した自分の母親の樹木葬の際に、そっと隣に埋めた。

 拙著「世界にたったひとつの犬と私の物語」(河出書房新社刊)のテーマは、人と犬の間に育(はぐく)まれた深い絆(きずな)だ。生き物が人に寄せる、一点の曇りもない信頼。言葉の通じない同士が少しずつ努力して心を通わせるまでの様子や、互いを思いやり合う姿などを目の当たりにして実感するのは、犬を愛するのは自分自身を幸せにする行為なのだということだ。(作家)
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