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[しっぽの気持ち] 人とペットの絆=渡辺眞子

 「先生、この子の顔色は少し良くなったと思いませんか?」

 「そうですね。体温も下がってきたし、呼吸も楽そうだ。昨日より調子は上向いているようです」

 これは動物病院の診察室から漏れ聞こえてきた会話だ。従って、ここで「顔色」というのは犬か猫の、である。

 毛で覆われた動物の顔色を云々(うんぬん)するのは、常識ではおかしいと思われるかもしれない。けれどペットと暮らす人にとっては普通に出てくる考えで、現にこの時、待合室にいた十数人の一人として笑ったり、違和感を覚えたりする様子はなかった。

 もちろん、実際に動物の顔色が目に見えるわけではないし、言うまでもなく彼らは人間の言葉を話さない。だが何年も愛情を持って接し、共に暮らしていれば、人はペットの行動や食欲などから体調のちょっとした違いにも敏感に気付くようになる。そうした些細(ささい)な変化を指して、顔色がいい悪いという表現になるのは自然なことだろう。そして日々、心をかけられたペットのほうも家族に全幅の信頼を寄せる。

 信頼関係は一朝一夕に結ばれるものではなく、年月をかけて育むものだ。しつけの問題など含めていろいろなことがありながらも、家族で協力しつつ10年も一緒に暮らしていれば、その愛(いと)しさは幼い犬や猫のかわいさなど比較にならない。

 「ああ、よかった。これで一安心!」

 診察室の扉が開き、満面の笑みの女性が真っ黒なレトリバーを伴って出てきた。そのあとには、やはりほっとした表情の男性と子どもが続いた。レトリバーの鼻まわりには白髪が交じっていて、足取りも少しふらついている。この家族が一緒に重ねてきた時間は何物にも代え難い大切な宝物のはずだ。

 人と犬が並んで歩く後ろ姿が好きだ。ときおり顔を見合わせたり、人が犬に話しかけたり。そこには絆が見える気がする。もしも人間にしっぽがあったら、隣にいる犬と同じく幸せそうに揺れているに違いない。

 今年もこのコラムを読んでいただき、どうもありがとうございました。みなさまのお健やかなご越年をお祈りします。(作家)

毎日新聞 2012年12月11日




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