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真の「地域猫活動」とは

2010年11月23日

 その人はいつも自転車で約束の場所を訪れる。毎日、同じ時間に彼が現れるのを知っている猫たちが、わらわらと集まる。慣れた手つきで缶詰が開けられ、プラスチックのトレイに移されると、静かな食餌タイムが始まる。

 初めてその場を通りかかったのは、我が家の愛犬クータとの散歩中だった。彼は犬の気配を敏感に察するや、こちらにぱっと一瞥(いちべつ)をくれた。鋭い視線があまりの迫力に満ちていたから、私はそそくさとルートを変更したものだ。屈強なボディーガードに見守られながら、猫たちは安心して食べることに集中していた。

 その後も同じ場面に幾度か遭遇するたび「ご飯中にお邪魔してすみません」という気になるのが自分でもおかしかった。あるとき彼に「ごくろうさまです」と、声をかけたら会釈を返してくれた。聞けば、数年前にここで見かけた猫が心を離れず、餌やりに通いながら1匹ずつ不妊去勢手術を受けさせたのだと言う。「この猫たちは、もう全部手術済みです。あとは餌やりを続けるだけ」。ただし、新しく捨てられる猫がなければの話だが。私とクータが散歩の帰りにそこを通るころには、掃き清められたように乾燥フードひとかけらも落ちていない。

 最近は「地域猫活動」という言葉が一人歩きしているらしい。ただ餌を置いておくだけの人がいるが、それは衛生的にもよろしくないし、苦情のもとになり、かえって猫たちの立場を悪くしてしまう。飢えた動物を哀れに思う気持ちはわかる。しかし、彼らを守りたいなら、近隣住民の理解を得て、地域から受け入れられる活動にしなくてはならない。置き餌はせず、食べ残しは始末し、不妊去勢手術を施して数を増やさないのが基本だ。

 一昔前、私たちの社会は路上の猫たちに対して、もっと寛容だった。けれど、現代の彼らはどんどん追いやられて、町中には安全な居場所すらない。強い雨が降りしきる日や冷たい風が吹く夜、窓の外を眺めて思わずにいられない。家のない猫たちは、どうしているだろう。散歩の途中に見かけるあの猫は、今夜の避難場所を見つけただろうかと。そして、小さな生き物のために1日も欠かすことなく奔走する人々に感謝を捧(ささ)げるのだ。(作家)

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