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[報道] 「牛、生きてた」「泥棒みたいに」… 田村で一時帰宅

asahi.com 2011年05月23日
http://mytown.asahi.com/areanews/fukushima/TKY201105220243.html

 救急車や緊急車両が待機する中、福島県田村市の都路地区の76世帯130人が22日、一時帰宅を終えた。午前8時の気温は21度。現地対策本部は人数分の保冷剤を用意し、暑さに備えた。中継地点となった都路町の古道体育館をバスが出発し始めた午前11時ごろから、本格的に雨が降り出し、気温は13度まで冷えこんだ。住民たちは防護服の上に雨ガッパを着て自宅に向かった。

 「牛が生きているか、それが一番心配」。大工で酪農も営む吉田宝夫(とみお)さん(50)は家畜の牛4頭の安否を気遣った。少しずつ数を増やし、20年以上世話し続けてきた。

 震災後、郡山市の親類の家や避難所を転々とし、4月からは田村市内のアパートで、しゅうとめと妻、長女(8)と暮らす。朝5時に起き、こっそり家に帰り、牛にえさと水をやってから大工仕事に向かったこともある。最後に牛を見たのは5月初旬だった。

 真っ先に向かった牛舎に、牛の姿はなかった。車で東に500メートルほどの田んぼ近くに、数頭いた牛の群れを見つけた。見覚えのある角の4頭がいた。

 「少しやせたが見間違えるはずがない。毎日世話してきた家族だもの」。ホッとして涙がこみ上げた。

 「できれば殺したくない。でも出荷できない牛をいつまでも世話できない。むごいですよ。こんな気持ちになるなら、もっと早くに殺処分にしてくれればよかったんだ」。精神的にも肉体的にも限界、殺処分には同意するつもりだ。

 介護福祉士の渡辺ハマ子さん(57)は息子の篤史さん(30)と、孫の写真や夏物の衣類を持ち帰った。靴まで防護服で覆い、家に上がる瞬間、悔しさで涙が出そうになった。

 「いつもきれいにぞうきんがけしていた自分の家で、何でこんな泥棒みたいなまねを……」

 菊の造花を仏壇に供え、「留守にしますが、どうか家を守って下さい」と手を合わせた

 篤史さんは、長女の恋奈(れな)ちゃん(2)のお気に入りの人形やぬいぐるみを持ち帰った。震災後、夜中に突然、泣き出すようになった。「以前の生活に少しでも近づけてあげたい」と笑顔を見せた

 呑田理美子(のみた・りみこ)さん(69)は東京都内のホテルに勤めていたが、観光地化されていない自然が気に入り、都路に移り、ペンションを経営している。持ち帰ったのは、年金手帳や夏服、名刺や年賀状。

 「心配してくれた人にお礼状を書くにも、住所が分からなくて」

 坪井ミツさん(76)は、3匹飼っていた猫の2匹と対面したが、1匹は見あたらなかった。自宅を片づけ、夏服を詰めるかたわら、エサをやっていると、2時間はあっという間。集合場所に戻り、バスに乗るまで1匹がついてきた。最後まで寂しそうな目を向けていた。「かわいそうで、あの目が忘れられません」



現地の方がこんなに苦しんでる原因が人災である事に憤りを感じます。

一時帰宅関連の記事を読む度に思うのですが、「ファーム・サンクチュアリ構想」の件と、「一時帰宅時のペットの救済」が始まっている事が周知されていないのでしょうか?

この記事の牧場主さんは、何故殺処分に同意するのでしょうか?
猫の飼い主さんは、何故ケージに猫を入れていないんでしょうか?




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